「むさ苦しい頭だね、床屋さん行っておいで」
  昔、母親に硬貨を握らされ近所の床屋へ走った記憶が鮮明に残っている。
五・六歳の頃だったろう。床屋は老夫婦がやっていた。おじいさんは苦手だっ
た。無口で手動のバリカンをせわしなく扱った。幼い私はいけにえのように身を
縮め、時の過ぎるのをひたすら待ったものだった。ある時、顔を当てられている
最中にふと薄目を開けたら目が合ってしまった。あわてて目をつぶった。怖かっ
た。
  反して、おばあさんは優しかった。手が柔らかいし、話もよくしてくれた。帰りし
なには必ず何かお菓子を手渡してくれたっけ。そのうち少々知恵のついた私は
店の前でおばあさんが空いているのを確かめてから入るようにした。

  ・・・・現在に話を進めよう。
  以前から素朴な疑問を持っている。〔床屋さん〕って言葉だ。これは死語になっ
てしまったのだろうか?今でも私は「床屋さん行ってくるよ」と言う。ところが「床
屋」という看板や表示を見たためしがない。理容○○とか、理髪店、ヘアーサロ
ンなんてのもお目にかかる。しからば理容や理髪の定義やいかにと、屁理屈な
私は辞典を引いてみた。
【床屋→@理容、理髪 A江戸時代の髪結い床、髪床】
死語かどうかは解明できなかったが、語源に近いことは分かったのは収穫だっ
た。そういえば落語に『浮世床』という演題があった。江戸時代の床屋さんを舞
台に、出入りする様々な人達が織りなす出来事を浮き彫りにしたものだった。詳
細はほとんどが忘却の彼方だが、当時は床屋が社交場の役割をしいていたの
だなあという印象は残っている。

  話は一転する。
  府中に住まうようになってから二十数年が経った。幸いなことに三軒となりに
床屋さんがあったので便利この上ない。理容ならず利用させてもらっている。こ
の間、一度も浮気もせずに通っていると胸を張りたいところだが、二度ほど他の
人に頭髪を委ねている。海外への長期出張と、持病による入院の時だ。外国の
床屋には閉口した。言葉が通じないからどんなヘアスタイルにされるのか終わ
るまで息が抜けなかった。出来上がりは五分刈りに近かった。
私は耳に髪がかぶさるのが鬱陶しいので、大体二十日前後をめどに散髪する
ことにしている。単純計算で年に十五回。掛けることの二十年として・・・・なんと
三百回になる。ちょっと信じられない回数だが計算に間違いは無さそうだから
素直に認めよう。
  私は野球が好きなので、散髪の最中ぺらぺらとよくしゃべる。パチンコの自慢
話、やられた悔しさも訴える。ここの主人はよく話に乗ってくれる。適当に調子を
合わせたりしない。厳しい主張もさりげなくしている。大したものだと思う。下手
なカウンセラー顔負けだ。人の話を良く聴くという基本をわきまえているからだろ
う。ちょっと褒め過ぎだろうか?別に、今度行ったとき少しまけてほしいなんて下
心などない。虚心坦懐、感想を述べたに過ぎない。
  これから三百回の上に何回、回数を重ねることができるかは天命の至すとこ
ろとして、通い続けることには間違いない。勿論、整髪が目的だが、ほのぼのと
した会話はなお一層気分を爽やかにしてくれる。私にとって床屋さんは街のオ
アシスと言える。
  店の名前は教えられない。あまり込み合うと私が困るからだ。

※このエッセイは「東京理容タイムズ」平成十一年六月一日号に寄稿し
たものである。紙面の都合により全文は掲載されなかったので、小生の
メモリーとして瓦版に組み入れたものです。